夏の怪談特集その2

今度は、私の大学時代のお友達と体験したお話を少々――

世の中には、不思議なこともあって、絶対に入居しない部屋というのがあるそうです。
昼間こそなんの変哲もない日当たりの良い部屋。
なのに、時々、ぜひ住みたい、と言う人が来るほどの好環境にもかかわらず。そこの管理人を初めとして近隣住人は絶対にやめておけと、と何度も忠告する。そんな部屋があるようです。

私の大学は北海道だったので、一人暮らしをしていました。
もちろん、同じ境遇で関東とか関西とか遠いところだと九州や沖縄から来てるなんて言う人も居たんですがね。
大体、道民とそれ以外の割合だと6:4位だったでしょうか?
何となく同じ境遇って事で1年生の時はそう言った人たちと仲良くなりました。

その中でも、特に友誼を深めた方にK氏が居ました。
K氏は、がたいも良く色黒でとても活発な人というイメージがあります。
2学年目の夏のことです。氏は、大学近くの物件に引っ越そうか悩んでいると言う相談を受けました。

なんで引越で相談するの?

などと思ったのですが、友人の頼みと言うこともあって、一緒に物件の見学に行ったんです。
一緒に駅前の余り大きくない不動産屋まで行って、その物件を見せて貰うことになりました。(まあ、不動産屋さんから「二人で入居するの?」なんて聞かれましたけどね)

管理人さんに部屋の鍵を開けて貰って中に入ると。夏の日差しも相まってか、明るくなかなか感じの良い部屋で、多少引越の後があっても、別に不気味な違和感とかそう言った印象は受けませんでした。
K氏も部屋を気に入ったようで、管理人と不動産屋にその旨を伝えると――。
「どうしても、と言うのなら、まずは一晩管理人室に泊まっていけ」
と言うのです。
普通じゃあり得ない状況に陥ってしまって、二人ともビックリしてしまいました。
管理人さんに理由を聞いてみても余り語りたがらないので、K氏と相談してもう一人の共通の友人I嬢に連絡を携帯電話で取り、3日後に、管理人室におじゃまするという形を取りました。

3日後、3人で管理人さんの部屋へおじゃましました。管理人さんの部屋はマンションが2棟建てで、K氏が住みたい建物とは反対側にありました。管理人さんはだいぶお歳を召されていましたが、かくしゃくとしていて。優しい感じで人なつっこい感じの方でした。
台所の戸棚から、日本酒を持ってきて、グラスに注いでくれて、4人でつまみなどを食べながら、管理人をする前は、小学校の国語の教師をしていたとか、生まれは新潟で海辺近くで色々と遊んだとか思い出話など聞きながら、色々と話しをしていると。いつの間にか時計は1時を回っていました。
さあ、そろそろ寝るか……。と、思ったときに管理人さんが、よいしょ、と立ち上がり台所の窓際に立ちました。
じーっと、何かを確認するかのように窓の外をみて、一言――
「あの部屋ですよ。4階の、ほら、あの部屋」
狭い台所の窓に4人で顔を近づけて覗いてみると、管理人さんが指さした方向に、3日前の昼間に見に行った部屋があったのです。

私が見た“モノ”に愕然としました……。

ゆーらゆら、と、揺れてるんですよ――足が……。
本来真っ暗で見えないはずの部屋の中に、見えるんですよ、何でか……。
白く光ってるんじゃなくて、闇よりも暗い黒いモノが揺れているんです。
アレが、白く光っていたのならどこかの光が反射したんだろうって思えたんですけど、本来暗い所に、さらに黒いモノが揺れてて……。
あの揺れと形からして、きっと、足なんだろうな……。
時間も時間だし、向かい側の建物なんですが、スゴい怖かったんです。さらに、4人が4人とも見ているわけですよ――。

管理人さんから「見に行きましょう」って言われて、懐中電灯を持って見に行ったんですが、コンクリートで出来た階段を上るのが非常に怖かったんです。
コツ、コツ、コツ……。
って、4人の足音が妙に際だっていたのを覚えてます。

でも――、問題の部屋を開けて窓際を見てもなにも無いんです。うっすら床に積もった埃、黄ばんだ壁紙、昼間の熱気がうっすら残った空気――それだけしかありませんでした。

そのまま、寝ることも出来ず。管理人さんとお酒を飲みました。
管理人さんは馴れているらしいけど、いつも見れるわけでは無いらしく。やっぱり、気分は悪いって言ってました。

ただただ、3人とも無言で、深夜番組をやっているテレビを付けながら、酒をちびりちびりやってました。

数時間が経ったでしょうか……。やはり夏と言うこともあって、だんだんと夜が白んできた頃、管理人さんがぽつりぽつりと語り始めました。

「3年ほど前だったかな?
あそこの女の子が死んでね……。ああやって――。
君たちと同じく大学生で、朝入り口で掃除をしていると挨拶してくれる。気だての良い綺麗な子だったよ。
でも、男に騙されたとかでね、こっち側のマンションの人が、ああやってぶら下がっているところを見つけたんだ。」

恐る恐る、窓の方を見上げる。座っていたので、ちょうどくだんの部屋が見えるんだけど、もうなにも無い――普通の部屋があるだけ、でもほんの数時間ほど前の風景は忘れられない。

あそこで夜寝てても何でも無いらしい。こちら側の棟から深夜に眺めているときだけに、それが見えるらしいんです。
噂も、近所には広まっていて、誰も入居しないし、勧めないようにしていることを語ってくれた。

「ああやってぶら下がっているのを見たら、怖いと言うより悲しいですよ。もう三年も、夜になるとぶら下がっている。あの子は解ってないんですかねぇ?」
私は、あの人の良い管理人さんの寂しそうな笑顔を忘れることは無いでしょう。


何処にでも居る幽霊よりも、
どこか、ごく限定された所とか、ある限られた人しか知らない、幽霊のほうが怖い。
あなたの部屋からでも、向かいの家を見たら何かぶら下がっているかもしれない……。



あぎょうさん さぎょうご 如何に?」