今日の黒姉

他人に「死ね」とか「死ねばいいのに」と言われて自らの命を絶つくらいの貧弱な精神ならくたばってしまえ。
自らの生死を選択する権利を他者にゆだねるのは、民主主義や自由主義に反する。
それとも何か? ブログのコメントは指令か? 
はてブの「しねばいいのに」タブは、大いなる宇宙神のデンパかっちゅーの!
それこそ、自然の摂理だ。弱肉強食で、強い精神体が次世代へと種を繋ぐから「人類」全体を見れば非常に効率的だ。
 
大体、はてブの「しねばいいのに」タグぐらいでビービーいってる小物には用はない!
って、オネーチャンが言ってた。(居ないけど)

こっから先は私見

琴子は「単語そのもの」に含意を認めないので、「単語そのもの」を規制するようなアホなフィルタリングは容認しがたいですね。
文章があって初めて文や単語は意味を持つわけです。文脈ですね。
アホなフィルタリングの代表として「キッズgoo」があげられますね。
はてなが「しねばいいのに」規制を行う手法として「単語フィルタリング」が一番妥当な方法となるわけですが、タグを「○ねばいいのに」とか「ツネバイイノニ」とか「くたばってしまえ」とか「みかまってしまえ」とか「涅槃へ消えろ」、「地獄に堕ちるわよ!(←TV的にもOKなんだから社会的に認められてね?)」とか幾らでも言い換え可能な単語そのものを規制する愚かさはあるよね。
つまり、単純ないたちごっこが開始されるってだけ。
はてブユーザーからは「言論封鎖」だと言われればサービスの提供としてヤバい=収益を確保する手段が減るわけですから、「遺憾に思います」とだけクレーマーに伝えるのが最適解だってのは現実的に思っています。
基本的にはてブ反対派ははてなのサービスを享受していないわけですから、厳密に言って「ユーザー」ではないです。
はてな的に大切にすべきなのはユーザーであって、あの小物ではないという事です。(琴子注:「あの小物」は特定個人を指してません。指して見えるのは被害妄想か、自分が小物だと認識しているからでしょう。自分の妄想で個人を攻撃しないでね♪)
 
はてな側の戦略を考察すると、「しねばいいのに」タグを非表示にしました。と言っておけば、後はいたちごっこですよ。てか、はてブにタグ付けをしなければいい話になりますね。その度に、非表示タグの言葉を増やしていく作業が必要となります(=人件費がかさむ)。だから、この戦略は下策になるだろうな。
てか、はてな携帯のフィルタリング実施で痛い目見たじゃないか。
だから、はてながフィルタリングに同意するというのは考えられないだろうな。よほどの、政治的な同調圧力がない限り。
最適解は「フィルタリングを導入しないでクレーマーの慰撫につとめる」ってのが一番効果的じゃない?(いわゆるテンプレ回答でごまかしておけって事だ)