友人T氏の話

T氏は旅行が好きな人で、いつも一人でふらふらどこかに行ってはお土産を持ってくる気の良い友人です。
その友人から去年の秋に土産ついでにもらったお話。
「今回は不思議なことがあってねぇ……。ああ、お土産食べながら話そうか」
彼の持ってきたお土産の包装を解きながらお話を聞いたのです。


信州高山のそこそこ有名な温泉郷に紅葉を見がてら露天で一杯なんて言うかなりオッサン臭い旅だったらしいのです。
当然、多少鄙びた感じがあって宿も結構年季の入った建物で、木貼りの床などは歩くとぎしぎしと鳴るような所だったらしいのです。
「それでな、通された部屋がまた良い感じで和室なわけよ」
「床の間にも生け花があって『ああ、手入れされてるなー』なんて思ったし。」
「窓から下は、渓流があって目の前は紅葉した山があってお茶もティーパックじゃなかった」
などと自慢を交えながら料理の話しなどをした後で「ここからが本題なわけよ」と一旦座り直して語り始めたのです。


「夜な、やっぱ山は寒いから窓閉めて寝たわけよ」
鄙びた旅館だったし、わざわざ山の上だしクーラーなんてしゃれたもんは無かったしね」
「第一、紅葉の見頃なんだからその時期冷房なんて入ってるわけもないしね……。」
「やっぱり、窓閉めきって寝たのが悪かったのか。寝苦しくて深夜にハッと目が覚めた訳よ」
「わざわざ起きて窓開けるほどのことは無いし、それに、ほら、無精だから……。」
「しばらく、うんうん寝苦しさで寝返りうってみたんだけど、どうにも寝づらいわけ」
「んで、布団はだけて寝ようと思ってさ『エイヤーッ』って布団だけ押しのけて横になったんだよ」
「そしたらさ……。」


「ひんやりとした風が首筋撫でるのよ――」
「最初――ああ、風が吹いたんだなって単純に考えたんだよ……。」
「で、よく考えると窓は閉まってるし、入口ももちろん、引き戸だったし……開くわけがないのよ。第一、引き戸が開いたら明かりがもれるジャン? 非常灯ついてたし」
「だんだん恐ろしくなってさ、寝よう寝ようと思ってるんだけど、ひんやりとした風は止まらないのね」
「布団をかけ直そうと思っても、風の来る方に蹴っちまったし……まさか、振り返るわけにも行かないから、おとなしくじーっとしてたんだよ」
「でも、止まらない。」


「それで、原因がわからないから恐いんだって、結論になってね――気合いを入れて後ろを見たわけさ……」
「寝返りうって反対方向みたらさ、リアルにいるのよ……。白い浴衣着た女がさ――」
「いや、顔は見えなかったんだよ。髪が邪魔してさ、んで、手にはウチワ持ってるの。ゆるゆると煽いでるんね……。」
「余にもリアルでさ、声掛けようと思ったんだよ……。ちょっと精神行っちゃったほかの湯治客が間違って部屋に入ってるのかと思ったしさ」
「んで、声をかけようとした瞬間さ、その女の首から赤いのがしたたってくる訳よ……。」
「悲鳴上げようとしたんだけど全然声が出ないのね」
「んで、だんだん赤いのが白い浴衣にもどんどんしみてくるのさ――」
「そして、コトンと首が落っこちるのね」
「一旦膝のうえでバウンドして俺の方にころころって向ってくるのよ……。」


「――それで?」


「そのあと気絶した」