国内初の変異型クロイツフェルト・ヤコプ病

クロイツフェルト・ヤコプ病というのは、いわゆる狂牛病*1BSE)と同じように、プリオン病の一種です。

プリオン病?

プリオン病は新しい概念の感染性疾患であり、プリオン病の理解に役立つよう、まずヒトのプリオン病の概念の確立までの歴史を述べる。
1960 年代のニューギニアで高地民族に多発していたクールー(kuru)という神経疾患の調査が行われ、その疾患が感染によって引き起こされることが明らかにされた。その根拠となったのは次の二つの報告である。一つはkuru で死亡した患者の脳乳剤をチンパンジーに接種したところ、同じ病気が発症したことであり1)、他は高地民族の儀式的食人習慣を禁止したところ、kuru の発生が終焉したことによる。神経病理学的にkuru と同じような海綿状脳症を示すCreutzfeldt-Jakob病(CJD)や羊のScrapieも同様な病気の可能性が推測され、CJD がチンパンジーに感染することも間もなく証明された。
そのためヒトのkuru やCJD、動物のScrapie などが伝達性海綿状脳症と総称されるようになった。この伝達性海綿状脳症ではウイルスのような既知の感染因子は発見されなかったものの、従来、原因不明の神経変性疾患とされていたものが、感染性疾患として位置付けられ、その功績でガイジュセクGajdusek博士は1976年ノーベル賞を受賞した。その後、家族性のゲルストマン・ストロイスラー・シャインカーGerstmann-Sträussler-Scheinker病(GSS)も同様に感染性が証明されるに至っている。
伝達性海綿状脳症の解明への次のステップは感染因子の精製であった。精製した感染因子は、核酸を破壊する処理では感染性が低下せず、たんぱく質を破壊する処理を行って初めて感染性が低下したことから、感染因子はたんぱく質から構成されるのではないかというプリオン仮説が提唱された。
プリオン(Prion)とはProteinaceous Infectious Paticles の略である。プリオンを構成する主なたんぱく質としてプリオン蛋白(Prion Protein, PrP)が証明され、プリオン蛋白が重合してアミロイド線維の性質を示すことが1983 年に報告されたが、その時点ではプリオン蛋白が感染因子の中心であるとの説を疑う研究者が多かった。プリオン蛋白の遺伝子が見つかり、この遺伝子は正常の動物の脳でも存在し、そこでもプリオン蛋白が発現していることから、感染因子は別にあるのではないかというのが反論の根拠であった。その頃から、正常の動物がもっているプリオン蛋白はPrPC(Cellular)と呼ばれ、病気での異常型のものはPrPSc(Scrapie)と呼ばれるようになった。しかし、プリオン蛋白を検出する際に使用していた蛋白分解酵素であるプロティナーゼ(Proteinase K)によって、PrPC は完全に分解されてしまうのに対して、PrPSc の方は少し分子量が低下するものの、検出が可能であったため、異常型だけが検出されていたということが現在明らかにされている。
プリオン仮説が認められるようになったのは1989 年と1993 年の二つの研究報告からである。その一つは家族性GSS がプリオン蛋白遺伝子のコドン102 のアミノ酸置換によって起こることを明らかになったことである。遺伝性の病気の原因を明らかにするにはいかなる蛋白が原因として考えられるかにあり、まず原因遺伝子の探索から始まる。プリオン仮説の場合、すでに発見されていたプリオン蛋白の中に、家族性GSS では遺伝子変異があることが見出されたのである。その後、次々と家族性GSS において新しい遺伝子変異が明らかにされ、これを契機としてCJD やGSS はプリオン病という名称に代わったのであった。もう一つの重要な報告は、プリオン蛋白を欠損させたノックアウトマウスが、Scrapie 由来の感染性蛋白を接種されても発病せず、感染性プリオンの増幅も生じないことを示したことにある。
現在に至るも正常プリオン蛋白がどのようなメカニズムで異常型プリオン蛋白となるのか、あるいはプリオン蛋白の異常化にはいくつのステップが関与するのかなど多くの不明な点が残っているが、これらの解明に向けて活発に研究が進められている。

vCJD(バリアント型CJD、変異型CJD)の特徴

  1. 英国で1996 年に報告されたvCJD は、BSE に罹患した牛からヒトに感染した新しく発生したプリオン病である。
  2. BSE は減少しているが、vCJD は最近、急速に患者数が増加して、全世界で百余名に達している
  3. 年者が多く、精神症状、感覚障害で発症し、緩徐に進行する。
  4. 脳波ではPSD がみられない。
  5. MRI では視床枕に信号異常が見られる。
  6. 脳病理ではflorid plaque が認められる。
  7. 末梢組織(リンパ節、虫垂、扁桃)にも異常プリオン蛋白が証明されており、血液を介しての伝播の危険性が指摘されている。
  8. 英国以外にフランス、アイルランド、香港でもvCJD 患者が発生している。

vCJD の発生の経緯と背景

 1996 年3 月、英国の海綿状脳症諮問委員会が、1985 年から爆発的に発生しているBSEから感染した可能性がある新しい病型のCJD 患者の発生が認められたと発表し、世界に衝撃を与えた。BSE は1985 年に英国で最初の罹患牛が認められてから、1992 年には年間約3,600 頭の発生をみたが、その後は減少し、2000 年には千数百頭となっている。それにもかかわらず英国でのvCJD の患者は年間23%ずつ増加しており、2001 年12 月には113例に達している。BSE は英国以外のヨーロッパでも徐々に発生が認められてきており、vCJD 患者もフランスで4例、アイルランド、香港でも1 例ずつ報告されている。香港例は、長期間英国に滞在した症例からの発症である。このようなvCJD の発生国の拡大は世界に新たな脅威を投げかけている。

vCJD の特徴

発症年齢、罹病期間:若年発症と経過が長いのが特徴にあげられている。死亡時の年齢は12〜74 歳(平均29 歳)であり、孤発性CJD が平均63 歳であるのに比して、はるかに若年発症である。

vCJD の診断基準(WHO、2001)

1
A.進行性精神・神経障害
B.経過が6 ヶ月以上
C.一般検査上、他の疾患が除外できる
D.医原性の可能性がない
E.家族性CJD を否定できる
2
A.発症初期の精神症状(抑うつ、不安症、無関心、自閉、錯乱)
B.痛みを伴う感覚障害
C.失調
D.ミオクローヌス、舞踏運動、ジストニ−
E.痴呆
3
A.脳波でPSD 陰性
B.MRI 特に拡散強調画像で両側視床枕の高信号
4
A.口蓋扁桃生検で異常プリオン陽性(扁桃生検は通常の検査としては勧められない。vCJD を疑う臨床症状があり、脳波でPSD がみられず、MRI においても異常がないケースでは、適応を検討する。)

 Definite: 1A (進行性精神・神経障害)と神経病理で確認したもの
 Probable: 1+2の4/5 項目+3A+3B又は 1+4A
 Possible: 1+2の4/5 項目+3A

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*1:正式には、牛海綿状脳症